東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream (サンドリと呼ばれてます)

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神戸ルミナリエ企画2014 避難者の声 No.5 福島県相馬市→大阪府守口市

【神戸ルミナリエ企画2014 避難者の声 No.5】

2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生しました。地震もすごく大規模で当時の状況は今でも鮮明に覚えています。しかし、私たち家族(夫、私、小3、年長)を今でも苦しめているのは、福島第一原発の事故です。あの事故がなければ、私たち家族は今頃一緒に暮らしているはずなのに...
2011年3月14日、私たちは放射性物質から逃れるために、家族4人で私の実家である大阪府守口市に避難してきました。3月下旬になると、夫の職場も落ち着き仕事が再開されるので、夫は自宅である福島県相馬市に帰って行きました。ここから、私たちの母子避難生活が始まりました。現在も母子避難継続中です。
母子避難で大変なのは、夫が大阪に来る時の交通費です。その他、二重生活のために経済的負担はとても大きいです。東京電力に請求しても、相馬市は国が定める強制避難区域ではないために、認めてもらえません。
このままでは、避難を続けることができない...でも、相馬市に帰るのも不安...
私は、他の避難者達と一緒に裁判を起こす決意をしました。裁判なんて今までテレビの中の出来事で、自分が関わる、しかも自分が裁判を起こすなんて思ってもいませんでした。しかし、このまま泣き寝入りは悔しいし、何かできることがあればやってみよう、という気持ちが強かったので、他の避難者と助け支え合いながら、提訴することができました。私は関西訴訟に参加していて、提訴から1年経った2014年9月に第1回期日が始まったばかりです。
原発事故を風化させないためには、私たち当事者だけでなく一般市民の方々にも関心を持っていただくことが大事だと思っています。関西訴訟だけでなく、兵庫や京都でも同じような訴訟が起こされています。 原発事故が過去のことにならないためにも、私たちの裁判を応援していただけると大変嬉しいです。

                       福島県相馬市→大阪府守口市
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