東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream (サンドリと呼ばれてます)

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新聞「うずみ火」122号(2015年12月)の『原子力と人権』コーナーで東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream(サンドリ)が紹介・掲載されました。

新聞「うずみ火」122号にサンドリの記事を載せていただきました。
ぜひお読みください。

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新聞「うずみ火」122号(2015年12月)<原子力と人権>(伊藤宏さん・記)


(記事引用)

原子力と人権<第20回>

「『帰還』政策のもとに避難解除が進み、
故郷へ帰ることをあきらめて避難先に定住(移住)せざるを得なくなった人々が出てくる中、
『避難者』が消されようとしています」。

11月15日、枚方市のメセナひらかた会館で開かれた
「災害にあった時、あなたはどうする、どう生きる?」(放課後クラブ「チャレンジ・キッズ」企画実施)で、
講師として招かれた森松明希子さんは涙で声を詰まらせて訴えた。

森松さんは本紙にも登場していただいたことがある、
福島県郡山市から自主的に大阪市内へ「母子避難」してきた避難者である。
原発賠償関西訴訟原告団の代表で
、『母子避難、心の軌跡』(かもがわ出版)の著者でもある森松さんを、
ご存じの方も多いだろう。

その森松さんが仲間と共に昨年9月、
「東日本大震災避難者の会Thanks&Dream」(通称・サンドリ)を立ち上げた。

母子避難している森松さんは
「夫との二重生活、子ども達の健康被害への不安など、
避難者が抱える問題は何一つ解決されていないのに、
避難者の存在が忘れ去られようとしています。
きちんと避難者が声を発する場所を作って、
その存在を理解してもらうことにつなげたかったのです」と、
サンドリを立ち上げた理由を明かす。

森松さんは原発事故の影響で避難を強いられた一人だが、
大地震・大津波によって避難してきた人も広く含めたかったため、
会の名称を「東日本大震災避難者の会」とした。

「私が母子避難を続けられているのはラッキーなことで、
様々な条件が整っていたとはいえ、
多くの人々の支えがなければあり得ませんでした」
という感謝の気持ちを込めて「Thanks」
そして集まった仲間がそれぞれに自分の特技で様々な形での発信ができるため
「まるでドリームチームのよう」ということで
「Dream」という文字が加えられた。

サンドリには規約などはほとんどなく、
避難者が「主体性のある当事者」による「ゆるいつながり」を目指している。

そのため、
イベントなどに出かけて展示を通じて避難者の思いを伝える「ブース隊」、
講演などの依頼を受けて直接語りかける「おはなし隊」、
特に学校に出向いて生徒たちに語りかける「学校に声をとどけ隊」をはじめ、
「おんがく隊」「ブログ隊」「ささえ隊」など、活動は多岐に及ぶ。

森松さんが特にメインと考えているのが「ブース隊」だそうだ。
避難者の多くは、人前で話すのが苦手というだけではなく、
顔や名前を明らかにすることが困難という事情を抱えている。
心ない人が、特に自主避難者(区域外避難者)に対して
「歩く風評被害」とか「放射脳ママ」などという言葉を浴びせるなどするからだ。
森松さん自身も、そのような経験をイヤというほど味わってきた。

「でも、顔や名前を出さないと報道してはもらえません。
だから、そういう役回りは私や、そういうことに耐えられる人が引き受けて、
そうではない人は展示物の作成などで自分の思いや訴えを伝えてもらいたいんです」
と森松さん。

ブース隊が作成した掲示には、
匿名で様々な避難者の思いがつづられている。

講演で森松さんは
「私が話すことは森松家の一事情にすぎません」と前置きして、自らの体験を語る。
避難者が百人いれば、百通りの苦渋の決断や判断、思いがあるということを
念押しすることを忘れない。
その多様な避難者の声を伝える手段の1つが「ブース隊」だった。

サンドリの活動は、避難者の存在をアピールするだけではない。
講演やイベントの際に行われる避難者の交流会や、会の存在を広く知らせることによって、
孤立している避難者とつながることも大切な目的の一つだ。

東日本大地震・大津波、そして福島第一原発事故から四年八ヶ月余りが経過した現在、
特に関西では避難者の存在そのものを知らない人が多い。

また、マスメディアを通して伝えられるのは、
復興の様子や避難区域の解除に関する情報がほとんどのため、
避難そのものが終わっているかのように思っている人も少なくない。

しかし、今なお近畿地方だけで3,000人を超える避難者が、
故郷を離れた避難生活を送っているのである。

森松さんは「今行われているのは福島に『帰す』政策ばかりで
『出る』政策は全くありません。
国は避難者、特に原発事故による避難者を消したいのでしょう。
そのような中で、私たちは避難を続けたいのです」と訴える。

そして、
様々な事情から福島県内に住み続けている森松さんの友人が
「(福島に)住んでいる自分は、子どもを守っていないのかも知れない」と苦しい胸の内を明かしたことを紹介し、
「福島に住んでいる人、帰っていった人が報道ではクローズアップされるが、
こうした人々の苦悩までは伝わってきません。
おそらく、福島で子育てをしている人たちの中には、
私の友人と同じ苦悩を抱えている人が少なからずいるはずなのです」。

サンドリのチラシにある「避難者あるある5・7・5コーナー」に掲載された
「今もなお 続く汚染を 見ないふり」
「母子避難 我が子の成長 見れぬ父」という川柳は、
避難者の苦悩のほんの一端に過ぎない。

避難者の、やむを得ず帰還した人の、そして福島に住み続けている人の「今」に、
私たちは心を寄せなければなるまい。
そのためにも、今一度、避難者の声に耳を傾けてほしい。

森松さんは言う。
「私たちの経験を伝える意味は、
避難者の存在や苦悩を知ってもらうということだけではなく、
次の災害への備えとなるはずです


なお、サンドリの活動に興味のある方は
ブログ(http://sandori2014.blog.fc2.com/)を、
また問い合わせはメール(sandori2014@gmail.com)で受け付けている。

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