東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream (サンドリと呼ばれてます)

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東日本大震災避難者住宅延長のお願い〜福島から避難のお母さんの切実な声に耳を傾けてください〜

福島県→兵庫県にお子さんを連れて母子避難をしているお母さんの
切実な「声」です。

ぜひ全国(全世界)の人に広めてほしいと願います。


兵庫県知事 井戸敏三 様

突然のお手紙失礼致します。
2012年12月より、福島県福島市から○○市の被災者受け入れ住宅に入居させていただいております○○と申します。
井戸知事にお願いをしたく、不躾ではありますが、筆をとらせて頂きます。

東京電力福島第一発電所の爆発事故により、多くの犠牲が生まれ、沢山の人が避難決めました。
私自身、原発事故が起きるまで多くの日本人がそうであったように、放射能の危険性について全く知識を持っていませんでした。
しかし繰り返し流されるテレビからの映像、インターネットで調べる情報から、とんでもない事が起こっている、という認識を持ち始めました。
しかし現在でも続いている事ですが、今の状態を危険だという人もいれば、安全だという人もいます。
事故直後はなおさら、混乱していました。
私は福島に住み続けながら、出来る限りの放射能防護をし、生活をしていました。
息子は毎日マスクをし、どんなに暑い日でも長袖長ズボンで登校しました。
一日の外遊びが10分までと決められながら、娘は幼稚園に通いました。
大好きな泥遊びや、草や花を摘むことも禁止されました。
おかしいおかしいと感じながらも、避難をするあてもなく、勇気もなく、毎日不安に思いながら生活していました。
震災から4か月後の夏休み、兵庫県で行われていた保養のキャンプに親子で参加しました。
そこでは原発事故前までは当たり前に出来ていた外遊びを子供たちがしている姿を見ただけで、涙が出るくらい嬉しかったのを覚えています。
そうだ、これが当たり前の日常だったと、福島の中で生活していては気づかない日常でした。
知らず知らずのうちに沢山の我慢を強いらされている現実に打ちのめされてしまいました。
住み続けていて問題がないと言われながら、制限されながらの生活に初めて疑問を持ちました。
それまでは国や自治体が私たちの生活を守ってくれると過信していましたが、子供を守れるのは親しかいないのではないか、と考えるようになりました。
それから真剣に避難して生活していく選択肢を考え始めました。
お金の問題や、家族の理解、子供たちの学校の問題、など解決しなければいけない事は山のようにありました。
2011年当時、日本中の地方自治体が受け入れ表明をしてくれていましたが、兵庫県の受け入れ態勢は目を引くものがありました。

①私が避難してきた2012年の12月時点、多くの自治体が受け入れを終了しているなか、継続していたのは、兵庫県を含め3つほどしかありませんでした。
②国からの家賃補償は6万円までなのに、差額を避難者負担にしていませんでした。
③入居物件には、希望すればエアコン、ガスコンロ、照明器具を貸与してくれました。

以上、他県に避難した人達から聞いた限り兵庫県独自の判断でやってくれている施策なのだと分かりました。
被災県ならではの心遣いに感激し、縁もゆかりもない兵庫県に避難を決めました。
入居当初から住宅延長は最大3年という約束でした。私の場合2015年の12月まで、ということになっています。
当時は3年も経てば原発事故も収束を迎えて、安心して福島に戻れるだろうと信じていました。
しかし、どうでしょう?
お世辞にも原発問題が収束したといえるでしょうか?
汚染水が海に流され、毎日放射性物質が大量に大気に放出されています。
自分や子どもに置き換えた時、福島県に住み続けらる選択ができますか?
阪神大震災との大きな違いは、目に見えない被害があるということです。
東日本大震災から4年の歳月が流れ、目に見える被害は、めざましい復興をとげました。
しかし放射能汚染を懸念し避難を決めた私達にとっては、ますます状況が悪化しているとしか思えないのです。
どうか、兵庫県下に避難している一人一人の声を拾ってください。
報道される復興の情報とは全く異なる部分が見えてくると思います。
私と私の娘にも、甲状腺に異常が見つかっています。
このような状況で福島に戻って下さいと言われても、とても受け入れられません。
しかしながら、私達はお世話になっている兵庫県に迷惑をかけたいわけではないのです。
受け入れ当初そうであったように、誰にも分からない放射能汚染の将来の懸念を持っている人は逃げてもいいんだと、自分達を受け入れてくれた所があったことに、私達は本当に心も体も救われ、感謝しました。
是非今後も継続して、私達に寄り添い、声に耳を傾けてほしいのです。
これから先、国や福島県が、私達避難者に対してどのような措置をしてくるのか分かりません。
どのような決定がでても、最後まで後悔のない選択をしたいのです。
兵庫県が私達に寄り添っていただけたら、どんな結果が出ようと感謝の念に絶えません。
願わくば被災県の経験を生かし、独自の判断で住宅補償を継続していただけたらと思います。

長々と失礼致しました。
今後とも何卒よろしくお願い致します。

2015年5月12日
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