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【河北新報】原発事故 自主避難 支援乏しい 国連演説森松さん 著書で人権尊重訴え(2021年4月25日河北新報ワイド東北より)

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【河北新報】原発事故 自主避難 支援乏しい 国連演説森松さん 著書で人権尊重訴え
(2021年4月25日河北新報ワイド東北)


著書「災害からの命の守り方ー私が避難出来たわけー」は1月に出版

被ばくを拒否する権利は一人一人にあり、基本的人権が尊重される社会にしたいと訴えた。

命を最優先に行動することや「逃げる権利」の重要性を強調し、
取材に「いつでも誰でもマイノリティーになり得る。
少数者の意見を聞くことは民主主義の根幹」
と話した。

2021年3月28日(日)深夜0:50~「終わらない“自主避難”~福島県中通りの家族たち~」 @MBS 毎日放送「映像’21」

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20210328毎日放送「映像21」@MBSのHPより

「終わらない“自主避難”~福島県中通りの家族たち~」 
3月28日(日)24:50~ 
 福島県の内陸部は「中通り」といわれ、県庁所在地の福島市、交通の中心である郡山市もここにある。2011年3月11日に起きた福島第一原発事故で大量の放射性物質で汚染されたが、「中通り」に避難指示は出なかった。郡山市に暮らしていた主婦、森松明希子さん(47)は、3歳と0歳だった長男、長女の健康を考え、夫を郡山市に残して大阪市に“自主避難”した。10年経った今も大阪で暮らし、夫が月に一度、郡山
市から大阪にやって来る。
 事故当時、福島市に暮らしていた大学教員、荒木田岳さん(51)は、妻と6歳と3歳だった長男、長女とともに、新潟市に“自主避難”した。職場は福島市にあるため、事故以来ずっと、車で往復5時間かけて通勤している。現在、福島県の市街地では放射線量も下がっているが、山林などの除染は手付かずのまま、10年前に国が出した「原子力緊急事態宣言」も解除されず、県の内外への避難者はまだ、3万人以上いる。
 森松さんは、国と東京電力を相手に損害賠償を求める裁判をしているが「避難した人の正当性だけを訴えたいのではなく、誰もが人として健康に生きることの大切さを知ってほしい」と訴える。是非、ご覧ください!



MBS(毎日放送)の「映像’21」にて
東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream(サンドリ)代表の森松明希子氏らがとりあげられたドキュメンタリー番組が放送予定です。
関西圏の皆さま、月末の日曜日の深夜4チャンネルです。
https://www.mbs.jp/eizou/
(写真は毎日放送HPより)
過去に映像'14、映像'16、映像'19とドキュメンタリーを放送していただいています。東電福島原発事故が終わっていないから、被害が続いているから取材し続けて下さるメディアさんのあることに感謝です。
きちんと番組HPにも書いてくださっています。
「避難した人の正当性だけを訴えたいのではなく、誰もが
人として健康に生きることの大切さを知ってほしい」
※できるだけ多くの皆さまにお知らせお願いします。

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【毎日新聞】東日本大震災・原発事故問題「映像で考える3.11」大阪・十三上映とトーク@2021年3月13・14日シアターセブン

20210312シアターセブン311避難者トーク告知@毎日新聞.jpg

告知記事が毎日新聞(2021.3.12朝刊)に掲載されました!
3.11避難者の名前もズラリ!
映画館、映画監督さんと映像の力をお借りして、映像で3.11から10年をふりかえりともに考える企画です。

皆さまのご参加とご支援、どうぞよろしくお願い申し上げます。

東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream(サンドリ)一同


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シアターセブンHPより

特集上映&避難者トーク企画
「3.11を改めて考える~原発問題を中心に~」


開催日
2021年3月13日(土)・14(日)

イベント内容
2011年3月11日に発生した東日本大震災より10年が経ちます。
ここ関西でも、多くの避難者を受け入れ、被災地支援・避難者支援・脱原発など、様々な活動が展開されてきましたが、いまだ明らかにならない問題も多いまま、原発問題・避難者への対策・被ばく対策など、不十分なまま、風化が進んでいます。

3.11関連の映画・映像作品も数多くとられましたが、十分に観る機会がないままの作品も多い状況です。
10年という節目に原点に立ち返り、被災者・避難者の声に耳を傾けながら、作品をみて考える特集上映を一年かけて行っていきます。

各回上映後には、監督や出演者をはじめゲストをお迎えしてのトークも、リモートを活用しながら開催予定です。

<協力:東日本大震災避難者の会 Thanks &Dream (代表:森松明希子)、関西平和映画祭実行委員会>

上映作品

福島原発の歴史を学ぶ
『「知事抹殺」の真実』

事故発生当時を振り返る
『東電テレビ会議 49時間の記録』

声をあげる人達の声を聴く
『ソドムの嘘 ゴモラの呪縛』(2012年の様々な活動)

『終の住処を奪われて』(2013年に提訴された国と東電の責任を問う裁判を描く)

上映スケジュール

3/13(土) 11:00 『終の住処を奪われて~福島原発被害東京訴訟~』

上映後リモートトーク
ゲスト:遠藤大輔監督、鴨下祐也さん(福島原発被害東京訴訟・原告団長、工学博士)
    槙奈緒美さん(原発賠償ひょうご訴訟原告、福島県富岡町から避難)、
    小林雅子さん(原発賠償京都訴訟原告、福島県福島市から避難)

13:40 『東電テレビ会議 49時間の記録』

上映後リモートトーク
ゲスト:添田孝史さん(科学ジャーナリスト)


3/14(日) 10:30 『ソドムの嘘 ゴモラの呪縛』

上映後トーク
テーマ「2021年から2012年を振り返る」
ゲスト:高垣博也監督、長谷川羽衣子さん(グリーン・ニューディール政策研究会事務局長、元緑の党共同代表)他


13:30 『「知事抹殺」の真実』

上映後リモートトーク
ゲスト:安孫子亘監督
司会:森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団長)

16:00 『終の住処を奪われて~福島原発被害東京訴訟~』


上映後リモートトーク
テーマ「世界とつながり、未来を拓くには」
ゲスト:上前昌子さん(台湾への避難者)、鴨下全生さん(本作出演の鴨下家長男)とご家族
司会:森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団長)

料金
一律:1,500円
特集内・2作目以降割引:1,300円
会員:1,200円

※『東電テレビ会議』のみ
一律:1,800円
特集内・2作目以降割引:1,600円
会員:1,500円
※チケットは両日程とも、3/6(土)より販売開始。

詳細は シアターセブンのHPをご確認くださいm(__)m

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【ハンギョレ新聞@韓国】 東日本大震災から10年…「放射能の中に戻るわけにはいかない」(2021年3月10日)

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【ハンギョレ新聞@韓国】
東日本大震災から10年…「放射能の中に戻るわけにはいかない」(2021年3月10日)

[東日本大震災から10年]

夫は職場のある福島に…妻と子どもたちは大阪へ 
「原発離散家族」森松家を通じて見た東日本大震災 
「原発からの避難を選択した瞬間『社会的マイノリティ』になった」 


(写真)森松明希子さんは東日本大震災から2カ月後の2011年5月、生後5カ月の娘と3.11歳の息子を連れて福島から約600キロ離れた大阪に避難し、10年間生活している。写真は2013年夏頃、森松さんが息子(5歳、一番右)、娘(2歳)と共に撮ったもの=森松さん提供//ハンギョレ新聞社


 「放射能から子どもたちを守る代わりに、家族が共に暮らす普通の暮らしを奪われた」 

福島県郡山市の住民だった森松明希子さん(47)は「母子避難」移住者だ。2011年3月11日に発生した東日本大震災以降、福島で働く夫だけを残し、子どもたちを連れて大阪に移り住んだ。今年10歳になった娘の年齢がこの家族の避難期間と同じだ。震災当時3歳だった息子は中学生になった。

 森松さんは最近、ハンギョレとの書面インタビューで、「自ら避難することを選んだ瞬間、『社会的マイノリティ』になった」と語った。「マイノリティになったことで、人権侵害に気づくようになり、声を出さなければなかったことになるかもしれないと思って」日本と国際社会に向かって原発被害者として発信し続けている。

 大震災後、復興庁の集計によると、福島を離れた避難者は今年2月基準で4万1241人という。避難者とは大震災で住居を移したが、福島に戻る意思がある人を指す。社会的差別や偏見のため避難事実を隠し、政府が実態をきちんと把握できない事例も多く、実際の避難者数はさらに多いものとみられる。ハンギョレは森松家を通じて、東日本大震災後10年間の「原発災害」の被災者たちの苦しみと日本社会の姿を振り返ってみる。

 「あの日」の午後2時46分、東北地方宮城県沖の深さ24キロでマグニチュード9.0の大地震が発生した。日本で地震観測が始まって以来最大規模だった。高さ10メートルを超える津波が押し寄せ、福島や宮城、岩手など太平洋沿岸の町を飲み込んでいった。福島第1原発も津波に襲われ、原子炉内核燃料棒が溶け出すメルトダウン(1~3号機)と爆発が起きた。放射性物質が大気や海に大量に流出した。1986年の旧ソ連のチェルノブイリ事故以来、最悪の原発事故だった。昨年12月時点で、死者1万5899人、行方不明者2527人、災害後に健康が悪化したり自殺した「災害関連死者」3767人を合わせると、犠牲者は2万2193人にのぼる大惨事だった。
 
当時、森松明希子さんは福島県郡山市のマンション8階で生後5カ月の娘と平凡な1日を過ごしていた。夫は出勤し、3歳の息子は幼稚園に通っていた。「揺れが始まり、地震だと直感しました。揺れが激しくなり、家具が倒れ、食器や電化製品がまるで飛んでいるように見えた」。命の危険を感じた森松さんは娘の頭を抱え、食卓の下に身を隠した。配水管が破裂したのか、リビングと部屋に水が流れ始めた。ためらう暇もなく、娘をおんぶして8階の階段を駆け下りた。4人家族の生活の場が廃墟となってしまった。

(写真)//ハンギョレ新聞社

 自宅近くに臨時で部屋を探して生活していた森松家は、事故から2カ月後、子どもたちの故郷である郡山市からの移住(避難)を決めた。「2人の子どもにとっては事実上の監禁生活でした。虐待かもしれないと思いましたが、放射能に露出させるわけには行けませんでした」。外遊びがしたいとせがむ息子を連れて、たまに車で2~3時間離れた公園に行くのが精いっぱいだった。

 その頃、町では外から帰ってきた子供たちが鼻血を出したという話が聞こえた。水道水が汚染され、福島だけでなく、遠く離れた関東地方の茨城、千葉、東京でも母乳から放射性物質が出たというニュースが相次いだ。「ニュースを見た瞬間、鳥肌が立ちました。震災の後も汚染水を飲み続け、娘に授乳もしていたのに、何の情報もありませんでしたから」。森松さんは「子どもに申し訳なく、涙が止まらなかった」と話した。

 郡山市は福島第1原発から内陸へ60キロ離れている。政府の基準によると、必ずしも避難しなければならない地域ではない。事故当時、日本政府は原発から20キロ以内、放射線量の高い地域には40キロほどまで避難指示を出した。危険の兆しがいたるところに現れており、政府が順次避難を支援してくれると信じていたが、実際は違っていた。政府はむしろ「復興」「頑張ろう」というスローガンを強調した。「ますます避難を言い出せない空気になっていきました。もう我慢できないと思いました」。悩んだ末、会社勤めの夫を一人残し、3歳の息子と5カ月の娘を連れて大阪に引っ越した。夫が子どもたちに会いに来るには、交通の便の良い大都市がいいと思ったからだ。

 夫は子どもたちと月に一度くらい会う。福島で仕事を終え、金曜日の夜に夜行バスに乗って土曜日の朝、大阪に到着する。子どもたちが5~6歳までは父親と離れるたびに泣いていた。子どもたちに、なぜ家族が離れて暮らさなければならないのかを十分に説明する必要があった。父親と一緒にいる時間は短いが、外で何の心配もなく走り回っている子どもたちを見ると、避難してよかったと思っている。

 10年が経ったが、森松さんは「まだ福島には戻れない」と話す。「(放射能の被ばくを)恐れることなく、健康に生きたいと願うのは人間の基本的権利」なのに、「被ばくから子どもたちを守るためには、事故地点から離れるしかない」と、森松さんは語る。
 
 最初は「原発避難者」という状況を人々に繰り返し説明するのが苦痛に思えた。政府が指定した避難指示区域外に住んでいた彼女は、「避難する必要もないのに、大げさに騒ぐのではないか」、「政府支援など他の目的があるのではないか」という視線を感じていた。口には出さないが、そういう空気はすぐに読み取れた。「私は放射能ノイローゼの人ではありません。政府は放射能汚染をよく見ず、一方的に“線引き”をしました」。森松さんはそのような状況から逃げなかった。避難してきた自分の家族ではなく、政府が過ちを犯したと堂々と話した

 日本政府は、「強制避難」といわゆる「自主避難」(避難指示区域ではないのに危険を感じて自発的に避難した人)にそれぞれ異なる支援をするなど差別した。お金が絡んだことで、避難者の間にも軋轢が生じた。自主避難者の中には、自分が福島から来たことを隠す人が増え、支援を受けられず、生活がさらに苦しくなる“悪循環”に陥る人も多くなった。「原発で事故が起きると空気や土地、山、海など放射性物質がいたるところに広がります。放射線被ばくは夥しく(おびただしく)広範囲の被害です。責任を負わなければならない政府が線引きをしたことで、被害は縮小(矮小化)されました」

 森松さんは「10年間、日本政府は全く変わっていない」と話す。「今も自分たちの過ちを隠し、『復興』と『福島への帰還』を強調している」というのだ。実際、日本政府は、平成26年4月の田村市都路地区を皮切りに、放射線量が高く人が住めない「帰還困難区域」を除き、多くの場合、避難指示区域を解除した。しかし、NHKの報道によると、今年1月時点で、避難を解除された11市町村に住民票を登録した住民のうち、実際の居住者は31.6%にとどまっている。70%ほどが帰還をためらっていることを意味する。日本政府は、避難解除地域の住民が帰還しなければ「強制避難」ではなく「自主避難」とみなし、支援を減らしたり廃止した。
 
 森松さんは避難に止まらず、行動に出ることにした。2013年9月、彼女は別の避難者たちと共に関西地域の弁護士らの支援を受け、政府や東京電力を相手に損害賠償訴訟を起こした。彼らは当時記者会見で「福島原発事故の被害を受けたすべての人々は事故前の『普通の暮らし』を取り戻すため、国と東京電力の責任を明確にし、個人の尊厳を回復する」と宣言した。関西のみならず、現在、全国で約30件の損害賠償訴訟が行われている。東京電力の元経営陣に対する刑事処罰は、2019年に一審で無罪が言い渡され、現在二審が行われている。
 
 森松さんは2014年9月に「サンクス・アンド・ドリーム」(Thanks & Dream、通称サンドリ)という東日本大震災避難者の会を立ち上げた。母子避難という言葉が流行るほど数が多く、同じ境遇の母親同士がたびたび会っていたのが集まりになった。災害から3年が経ち、避難者の間にも様々な変化が生じた。福島に戻ったり、福島を離れて避難を続けたり、離婚する夫婦もいた。「避難者の今を知らせたかっただけです。私達の声が集まって、必要な政策が作られればと思いました」。同会は今も運営されており、避難者のニーズと実態、困難を分かち合うプラットフォームとなった。
 
 2018年8月、森松さんはスイスのジュネーブの国連人権委員会で英語で演説した。彼女は国際社会に対し、福島や東日本の人々、特に子どもたちを放射線被ばくから守ってほしいと訴えた。彼女は今も福島の被ばく問題を知らせることができるなら、どこにでも駆けつける。街角や学校、討論会で自分の経験を語り、マスコミのインタビューにも応じている。今年1月には著書『災害からの命の守り方-私が避難できたわけ』も出版した。機会があれば、原発問題で悩む韓国人とも話し合ってみたいと、彼女は語る。日本にはない韓国の「国家人権委員会」に対しても関心を持っている。平凡な主婦だった森松さんにとっては驚くべき変化だ。
 
 「私は避難者の権利だけを主張しようとしているわけではありません。原発は世界のいたるところにあります。『放射線被ばくからの自由』ということが世界に知れ渡り、基本的人権として確立してほしいですね。それでこそ、『放射能災害(核災害)』から人々を守ることができると思います」。「原発避難者」の森松さんが、今日もたくましく避難生活に耐えている理由だ。

キム・ソヨン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
http://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/986104.html
韓国語原文入力:2021-03-100 2:45
訳H.J


(記事引用ここまで) ※下線文はサンドリ加筆。

※出来るだけ多くの人に広めてくださいm(__)m

韓国語:http://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/986104.html

日本語:http://japan.hani.co.kr/arti/international/39369.html?fbclid=IwAR2_vf-x8SO9CcOwhvBAgiMTI9df3odRu8mXAbXq_yhSTg38p3A2m6sItAc

【京郷(キョンヒャン)新聞@韓国】2021年3月9日 「福島の避難10年は、離れても地獄、とどまっても地獄です」福島の避難民関西訴訟団代表の森松明子インタビュー

20210309京郷新聞キョンヒャン新聞@韓国.png

https://m.khan.co.kr/view.html?art_id=202103091652001&code=970203&fbclid=IwAR1Onr9Wb92L4DT5j8c8z6UuGnDWXi8C2le7I6Oe7Hp9bTcdPgZ88TYNQzw


「福島の避難10年には、離れても地獄、とどまっても地獄です」
ギムユンナヨン記者
2021.03.09 16:52

福島の避難民 原発賠償関西訴訟原告団代表の森松明希子インタビュー


(写真)福島の2011年3月11日の大地震の後の避難民となった森松明希子と子ども。

 森松明希子(森松明希子・47)は、2011年の東日本大震災当時、福島県郡山(郡山)の際に住んでいた。10年前の大地震が彼の人生を丸ごと変えた。家を失う離散家族になった。地震発生2カ月ぶりに3歳、5ヶ月の子供を連れて大阪(大阪)に避難した。内科医である夫は、まだ福島で働いて、彼女は脱核活動家になった。

 森松は、地震が起きた2011年3月11日を生々しく覚えている。その日の朝、息子を幼稚園に送り、8階建ての家で、生後5ヶ月の娘と一緒にいた。地面が大きく揺れながら家が崩れ始めた。水道管が破裂し、錆びた小麦色の水が部屋にあふれ入った。四方から食器や電子製品が飛んできた。このままでは死ぬかもしれないと、ただ思った。娘を背負って必死に外に出た。

 夕方になってようやくたどり着い4人家族が集まった。家族みんな無事だったが、街並みは凄惨だった。建物が崩れ、道路が陥没した。塀崩れ割れた窓ガラスの破片が距離にノルブロた。避難する車にガソリンスタンドが長蛇の列を成した。人々が去っていた。津波が見えた福島原発から放射能が漏れたというニュースは、後でニュースを見て分かった。

 一ヶ月程度は夫が働いていた病院で宿泊しました。距離についた部屋には、「がんばろう」、「復興」のような言葉が書かれていた。皮肉だと思った。放射能は目に見えない。水と地が汚染されたはずなのに、水道水で放射能が検出されたという報道を見ても、その水を飲むしかなかった。生後5ヶ月の娘に母乳を与える痛みを伴う決断を下した。

 2011年5月に大阪に避難した後も痛みは続いた。地震当時原子炉4基が破損されたし、その中の2基爆発した。政府は、事故直後、原発の半径20㎞地域11市町村(市町村)8万8000人に避難指示を出した。過去10年間、そのうちの4つの地域の避難指示を解除して避難民5万2000人余りを返し送り、「復興拠点」まで指定来年春から追加で避難民を返送する計画を立てた。再び福島に戻りたくない避難民にはきれいでない視線があふれた。

 彼女は原子力発電所は、清潔で安全だと思っていた。コンピュータで完全に制御できるものと思っていた。
しかし、福島の惨事後に考えが変わった。原子力は「夢のエネルギーではなく、失策」であった。
彼女は「福島原発事故の被害の本質は、被ばくの問題」とした。
「被ばくから逃れる権利」のためにたたかい始めたのもこのためだ。彼女は地震の影響を受ける浜に発電所54個を立てた日本では、「いつでも、福島の惨禍が繰り返されることができる」と述べた。

 原発事故の被害者は、2013年9月、日本政府と東京電力を相手に損害賠償請求訴訟を起こした。彼女は「日本政府は、真実を究明して、被害者を救済し、責任を負わなければならない」と述べた。彼女は関西(關西)地方に避難した原告240人を代表している。避難民は、政府に真実究明と被害者救済・補償を要求しているが、訴訟は7年以上、大阪地方裁判所に係属している。

 森松は、過去10年間、日本政府が福島の教訓を実現できなかったと述べた。彼女は「政府は汚染地域への帰還政策のみ注力している」とし「汚染水を処理することができ、汚染土壌を除去土壌、放射能被害を噂の被害(虚偽の情報による被害)と呼び、世論を制御した」と批判した。また、汚染水放流は「恥ずかしい行為」と「恥知らず日本政府に代わって世界の人々に謝罪したい」と語った。

 日本は東日本大震災10年の今年7月に開かれる予定の東京オリンピックを「復興五輪」にする構想をしている。しかし、彼は安倍晋三(安倍晋三)元首相が五輪を誘致し、福島の事故現場を置いて「アンダーコントロール(統制された)」としたことについて、「制御されているのは、原発ではなく、世論とメディア」と述べた。森松を4日から9日までeメールでインタビューした。

(写真)森松明希子が昨年2月21日、大阪地裁で開かれた日本政府と東京電力を相手にした損害賠償請求訴訟の裁判期日に出席した後、訴訟団を相手に説明会を開いて、裁判の経過を説明している。 大阪|森松明希子提供

■「避難しても地獄、とどまっても地獄」

-福島大惨事後、10年間どのように過ごしたか。

「被爆からの自由、避難する権利を訴える日々だった。 福島の住民は、「避難しても地獄、とどまっても地獄だ。 避難しても何の保障も保護もないので苦しかった。 避難民はいじめられるか,差別されている。とどまった人々も目に見えない放射能と引き続き向き合わなければならない。 被ばく防護対策や制度もないのに、低線量放射能にさらされ続ける」。

-日本政府の避難民支援策はどうだったか。

「政府は"強制避難民"と"自主避難民"を分けて差別支援した。 少数の「強制避難民」にだけ賠償金を支給し、人々の間に分裂が生じた。 汚染とは関係なく政府が任意で強制避難区域を線引き、それ以外は自発的避難と名付けて人々に「避難しなくてもいいのに、わざわざ避難した」印象を与えた。 私の周辺には甲状腺癌にかかった人もいるが、因果関係を証明できなくて苦労している。」

-福島出身の避難民はどのように差別を受けているか。

「避難したという事実を隠して生きていかなければならないような社会的雰囲気がある。 「復興」「頑張ろう東北」「日本は一つ」といったスローガンで全体主義を強要する。 避難事実を隠す人が増え、「隠れた避難者」という言葉も生まれた。 経済的に困窮している人、トラウマに悩まされる人が続出している。 トラウマを言おうとしても非難されるに決まっていて、まともに言えない。 この悪循環が一番つらかった。 被ばくを避けようとして、自らや子どもたちの健康を守るために避難したのに、その理由を一つ一つ説明しなければならないのも苦しかった」。

森松が住んでいた郡山市は福島原発から60キロ離れて強制避難区域に指定されなかった。 家を失い被ばくを避けて離れたが、政府の支援は受けられなかった。 彼女は「地震·津波による自然災害、原子力災害という人災による避難民は国内避難民(Internally Displaced Persons)に該当する」と述べた。 国内避難民とは「自宅又は日常的居住地から強制的又は義務的に逃避し、又は去ることとなった人々」である。 国連の国内避難に関する指導原則では武装紛争、暴力状況、人権蹂躙だけでなく自然災害や人工災害の被害で失郷した人も国内避難民と見ている。

-なぜ、政府を相手に集団訴訟を起こしたのか。

「福島原発事故被害の本質は被ばくの問題だ。 私たちは望まない被ばくを避ける権利がある。 避難した人だけの権利を主張するのではない。 世界のすべての人々に通じる生命権と健康権という基本的人権を言うのだ。 日本国憲法は「平和のうちに生存する権利」を保障する。 しかし、日本政府はこの10年間、市民を被ばくから守ろうとする政策をほとんど行っていない。 真実を究明し、被害者を救済し、政府が責任を負わなければならない。

(写真)菅義偉日本の首相が昨年9月26日、2011年3月の東日本大震災当時、爆発事故が出た福島第1原発を訪問し、作業が進行中の現場を見学している。福島|教徒連合ニュース

■汚染水·除去土壌·うわさ被害…巧妙な世論統制

-福島に先月13日、マグニチュード(M)7.3の地震がまた起きた。

「日本は地震列島だ。 海に囲まれているため地震後津波が来る。 日本国内にある54の原発はすべて海辺に建てられている。 いつでもどこでも福島の惨禍を繰り返すことになる。 人々は原発が爆発しても簡単に逃げられるとあまりにも信じている。 実際には、逃げられない。 人々は被ばくの危機感があまりにもないようだ。同じ過ちを繰り返し、環境を汚染し続ける判断を恥ずかしく思う」。

-日本が最近、福島原発の汚染水を海に放流しようとしているが。

「平然と地球環境を汚染させる厚かましい政府に代わって世界の人々に申し訳ないと謝罪したい。東京電力や政府は、希釈して放流するとしたが、それは本当に恥ずかしいです。世界の皆さんに申し訳ないと謝罪したい。」

-日本政府は「汚染水」ではなく「処理水」と呼ぶ。

「まるで処理が終わって放射能のないきれいな水になったと誤解させる表現だ。 日本メディアは「汚染土壌」も「除去土壌」と言い換える。 福島原発近くに住んでいた住民の被害も、「噂の被害(風評被害、風評被害)」という。 被害者の訴えを「根拠のないデマ」と暗示するのだ。 客観的な汚染の根拠がデータで現れても、うわさで片付ける魔法の単語を使い、放射能汚染事実、住民の被ばく事実をタブー視する。 言論を封鎖して人々の口をふさいでいる. 安倍晋三元首相が東京オリンピックを誘致する際、福島原発について'アンダーコントロール'という言葉を使ったが、本当に制御(アンダーコントロール)されているのは、世論であり、国民の言論だ。」

- 日本で再び原発を増やそうという動きがある。

「同じ過ちを繰り返して、核災害による被害者が再び生じる間違った選択だと思う。実際に被害があり、なかったことにすることはできない。」

【関連記事】菅首相、福島原発の汚染水を手にし「飲んでもいいですか?」

(写真)福島県二本松市の道路が先月14日、土砂崩れで倒壊した土に覆われている。気象庁は、前日福島県沖で規模7.3の強い地震が発生したと発表した。二本松| AP連合ニュース

■「被ばくからの自由」は基本権

-韓国にも原発が多い。

「原発事故が起きれば周辺境界、国境を越えて無差別に放射能が広がる。 政府は、原発が健康に及ぼす影響は科学論争で押し付け、因果関係が証明されるまで責任を負わないという態度を取る。 福島事故の責任を問われている国と東京電力の態度がこれを如実に表している」。

-原発で「安い電気」を作ることができるという主張がある。

「原発は一度事故を起こせば賠償や環境汚染対策で費用が大きくなる。 日本政府が被害地域と被害者を矮小化したことで、賠償を渋っているだけだ。 被害者救済の費用を切り捨てながら、『安い』と主張するのは不誠実で詐欺的だ」。

--今後の活動計画は…。

「目標は被ばくからの自由という基本権を確立することだ。 そうしてこそ今後起こり得る核発電、核兵器、核実験のようなすべての核災害から人々が「平和のうちに生存する権利」を守ることができる。 私はこの権利が確立するまで、世界中の皆さんと連帯したい。 どうか福島原発被害の実情を知り、私たちが持つ健康を享受する権利を放棄せず、あきらめずに一緒に歩いてください」。

(記事の引用はココまで)

☆翻訳は3.11同じく福島県郡山から台湾へ避難した経験のある上前昌子さんのご協力によります☆ありがとう☆

※韓国、そして世界の皆様に届きますよう、できるだけ多くの方にお知らせくださいm(__)m

※語学の得意な方は、どうかあなたの得意な言語に翻訳してできるだけ多くの皆さまに被害の実相を知らせてください。
福島原子力惨禍における国内避難民からの10年後の心からのお願いですm(__)m

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